わたしのように恵まれるものはいないだろう

わたしには、ひかりさんと、その分身かのような旦那がいる。

こんなに何もかもが揃っていても、いまだに迷ったり考え込んだりすることもあるんだから、
生きるっていうことはなかなかに大変なことだなぁとおもう。

でも、やっぱり随分と恵まれているということは確かなことで…
どのくらい恵まれているだろうかと考えると、それは恐らく世界一といってもいいんではないだろうかと思うのだ。

その裏付けは簡単に想像されうるオノロケや多幸感からくるものではないことを、白状しておきたいが、
きっと本当の裏付け事情を話したところで誰の理解も得られないであろうことは判っているつもりだ。

ので、割愛。


ひかりさんはわたしに相応しい状況を。
旦那はわたしに時間とそのほかの全てを与えてくれる。

休日に旦那と過ごしてみると、本当にそれが確認できる。


わたしたちが二人で居る時は、概ね「ひとり」と「ひとり」なのだが…
言葉少なに彼から話しかけてくるときは、きっとわたしに必要に違いない何かをもたらしてくれる時なのだ。


わたしは本当に無自覚で、自分に必要なものが気づけなかったりコントロールできなかったりする。

ある日はわたしに「孤独」が必要であり、
ある日はわたしに「涙」が必要であり、
ある日は「睡眠」、ある日は「時間」、ある日は「温もり」…


ちなみに今日の彼はこんな感じだった。
「さあ、もうこんな時間だね、たしか君は図書館に行くんじゃなかったのかな?
 必要な雑用を済ませたら、図書館で借りた本でも読みながらカフェでお茶を飲むのかな。」

そこでようやく愚鈍なわたしは気づくのだ。
図書館には読むべき本が待っていて、それをわたしは一人きりで読む必要がある。
つまり今日はそういう一日で、今日のわたしはそれでようやく満たされるのだと。
それはステキなことだなと。


また別の日にはこんなふうだった。
わたしはなぜか疲れ切っていて、しかもそれに気付けずおろおろしていた。

彼の独り言。
「さて、わたしは少し横になろうかな。ほんのちょっとの時間だけどね。」
言いながらも彼は枕を大きな音を立てて整えたりと、まるでこの世の楽園が凝縮されたかのようにベッドを演出し始め…。
甘美な唸り声を上げながら、そこへ私よりも一足お先に潜り込むのだ。

こんなことをされて、例えわたしが何かに憑りつかれていたとしてもそれを投げ出さずに居られるだろうか!

こんな具合で、まんまと必要な睡眠をとり終え、首ったけに没頭していたときよりも俯瞰で物事が見れる自分を獲得しているわけだ。


不思議なことが数多く起こるわたしの人生だが、「果たしてどうなっていくのだろうか?」と投げかけたところ、
「君は君として生き、君として死んでいくんだよ。それが全てでしょう。」と答えをもらった。


これ一つとってみても、やはりわたしの人生はわたしには出来すぎなんじゃないかと…
やはり不思議は深まるばかりなのである。
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by osorahahitotu | 2011-11-21 00:58
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