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欲望の始まり

 欲望っていろいろあるけどすべての始まりは知的好奇心ってやつだと思う。
所有欲とか性欲とかそういうののずうっと前。
これがないとまず始まんないし、これさえあればなんとか前に進んじゃうってもんでもある。
その上こいつは七変化。どんなところにも顔を出してくる。

 ほら、哲学的な言い回しで「私の(あなたの)人生はまだはじまっていない(いなかった)」とかいうでしょう?
「よし。人生始まってないから間違えないようにせめて息をするだけにしてようか。ふとんの中で。」ってわけにもなかなかいかないし、高確率でほぼ間違えるだろうなと想定されてても手始めに間違えることからやっていくしかなかったりするわけじゃない?実際は。
 けどこの高さから飛び下りたら確実に骨折する。運良く死なないまでも。なんて状況のときに飛び降りれるおばかさんってなかなかいない。少なくとも私は嫌です。でもそういう計算でいくと妥当なところがひきこもりってことになるのよね。
 
 さあここで知的好奇心の出番です。
こいつって罪を犯したり失敗をしたりするときには必ず出てくる。この知的好奇心のおかげで「骨折するかどうかよりもとにかく飛んでみたいんです」という馬鹿げた感情が生まれてくる。
 村上春樹氏も「好奇心というのはまさに信用のおけない友だちのようなものさ。焚き付けるだけ焚き付けて君を置き去りにするかもしれないんだよ。」というふうなことをおっしゃってました。
 
 だいたいにおいて失敗にはこの知的好奇心ていうやつがくっついてる。
例えば『犯罪、人間関係、仕事、交際、結婚』
みんな失敗した人は「なんとなく」とか「せずにいられなかった」とか理屈に合わない釈然としないことを平気でいうが、説明出来ないっていうのも好奇心の特徴です。
 好奇心。こいつが出てきたら御用心。いつのまにかそのために人生を棒にふるような失敗をしでかすかもしれない。一時の過ちで。
  
 ということで保守的な人たちにはめっぽう嫌われる好奇心ですが、はたしてこいつが来たら必ず失敗なのかっていうとそうでもないところがあなどれない。

 恐ろしいことに「人生の始まり」っていうやつもこの好奇心と一緒じゃないとやってこないんだ。
例えば『善行、人間関係、仕事、交際、結婚』
みんな成功した人は「なんとなく」とか「せずにいられなかった」とか理屈に合わない釈然としないことを平気でいうでしょう?

 運命の恋も気紛れなアバンチュールも同じ顔してやってくる。
いったいどうやって見極めたらいいんでしょう?
しかも「せずにはいられない」くらいの強さでどちらも迫ってくるんだから。決断の時はきっと一瞬だっていうのに?私達の人生の大切な問題がそうやって決まっていくんだよ?


 答えはきっとありません。神のみぞ知るだわ。
失敗せずにいられるかっちゅうの。人間らしくもない。
いいんですよ。きっと。私達。しくじったって。
だって失敗するように出来てるよ。絶対。

 けどそうはいっても失敗はできるだけしたくないものですよね。生理的にヤなんだよね。
私達そういうふうにも出来てる。成功を渇望するように。失敗を恐れるように。

 
 せめて私達は過去の教訓に学び、心をこめて祈ることくらいしょうか。
過ちをどうか繰り返しませんように、どうかこの決断が私と世界にとって良きものをもたらしますように。

 それも大事なんだけど失敗飛行も含めて回数飛んでいきたいかなぁ。私としては。
何しろ知的好奇心は神様がくれた甘い蜜ですからね。
いくら失敗してもこのワクワクが私を楽園に連れてってくれるって思っちゃう。

 立派な大人たちには詭弁に聞こえてもやっぱり人生習うより慣れろだわ(笑)

 そうやって生物は進化してきたそうですよ。
案外基本に忠実なんだよね。私。

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by osorahahitotu | 2005-02-26 23:53 | ぼんのう

浮き世

  最近の浮き世離れはわれながらはげしいなと思う。
もう社会人としてこんなことでいいのかとか、どこまで世間から離れられるのかとかこんなことが許されていいものかとかいろいろ考える。

 気持ちがいいのでどうせどんどんつっぱしっていくのだろうが、もう人と呼べるのかすらよくわからない。
 しかし浮き世離れして生きているのはどうやら私だけではないらしく、ちょっとよくしゃべる知人(友人などという浮き世には御無沙汰なのです)にこのことを話すと、知人もそうだと言っていた。きっと最近私みたいな人が増えてると思う。

 普通に生きて働いたりはしているので見分けはつかないだろうが、悩みがあるとかいうわけでもなくただひたすらになーんも気にならないんである。
寂しいとか恋をしたいわとか人より抜きん出たいとか、そういうのが一切ない。
うそみたいに平和なのだ。
会社員してるけどその実体は修行僧みたいなね。かっこよくいえば。
 
 わたしのまわりに問題がなにもないですというわけではなく、逆に人より問題には不自由していないとおもうが不思議とちっとも気にならない。
 一応人並みに考えたり傷付いたりショックを受けたりはしてみるが擬似的なもので長続きしない。あっという間によきにはからえという結論に達する。

 その点大人という身分は大変に便利かつ自由なもので責任さえ果たしていればだれも(肉親さえ)文句が言えないの。
仕事してお風呂入ってごはん食べてれば、迷惑かけないかぎり何考えて何感じてても自由。人の役にたつ親切な人であればなおのこと、自由。

 悪いこと考え放題ってわけじゃないですよ?むしろその逆。ネガティブなことに支配されないということ。自分のなかの平和をおびやかすものがないの。安定してるんです。煩悩が日々なくなっていってるから。

 不自由な思いをしてる子供達がいたら教えてあげたい。
はやくおとなになりなさい。あなた方には限り無い自由が待っている。
地平線を自分の好きに描くことだってできるって。
そんなにベタな俗世に生きる必要はなくなるよって。

 いやあ実際学生のときは苦しかったなあ。わたしは。
辛くても無理矢理人間関係を強要されるしね。
むしろそれが本文みたいなところあるから。とくに小学校。

 さてこんな浮き世からどんどんはなれていってる私だけど、浮き世への未練を綴ったブログです。

 だって辛いこととセットで楽しいこといっぱいあったんだもん。


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by osorahahitotu | 2005-02-25 03:33 | はじめに